文化の日、AI映画祭。やばい歴史の転換点に出会ってしまった - 遠藤久美子監督「マチルダ - 悪魔の遺伝子」|しらいはかせ AI/Hacker/作家/編集者/AICU代表

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文化の日に二つの地殻変動。叙勲が暴力的な漫画やゲームを文化を公に認め、AI映画祭の『マチルダ』が“AI映画”の古い枠を壊した。しかもこれは技術の話ではない。人類の選択の話だ。


こういう仕事をしていると「AIによるゲームチェンジャー」とかはもう聞き慣れているもんではあるのですが「AIによる歴史の転換点」に立ち会ってしまったナァという文化の日でした。

文化が前に進んだ日。

まず文化の日とは直接関係ないんだろうけど、漫画家の永井豪さんと「ドラクエ」の原作者である堀井雄二さんに旭日小綬章が授与されることが明らかになりました。

なんと、本日、旭日小綬章をいただくことが出来ました。 pic.twitter.com/4EQsz10Q9O

— 堀井雄二 (@YujiHorii)

このたびは叙勲の栄に浴し、身に余る光栄なことと、とても感激しています。

今回の受章は、ボクひとりでの力ではなく、ゲームを楽しんでくれているプレイヤーの皆さま、今まで支えてくださった開発スタッフの皆さん、そしてゲームに関わるすべての皆さまのご支援のおかげと深く感謝しております。

ボクがゲームを作り始めた頃、ゲーム自体、あまりよくない娯楽と思われていて、子どもたちがゲームで遊んでいると親や先生に怒られたりしたものです。それがいつしか、ゲームは日本を代表する産業のひとつへと成長し、世界に誇る文化と言われるようになりました。
今回、ゲームクリエイターとしては初の叙勲にあずかることができたのは、ゲームが世の中の発展に寄与するものと評価していただけたからではないかと思います。

かつて「単なる遊び」として見られていたゲームが、世代や国境を越え、人の心に寄り添い、喜びや想像力、時に生きる力を与える文化として認められたであろうことに深い感慨を覚えています。

ゲームに関わる皆さまを代表しての受賞と受け止め、ゲームクリエイターを目指す若い方々に希望を与えるものとして、ともに喜びを分かち合いたいと思います。この受章を励みに、これからも皆さまの心に「わくわく」を灯せるような、そんな作品づくりに挑戦していきたいと思っています。
人生はロールプレイングです。本当にありがとうございます。

しかもこんな裏話が。

50年以上前、高3の夏休み、漫画家志望だったボクは描きかけの原稿を持って、アシスタントにしてもらおうと永井豪さんを訪ねました。大塚の駅前から電話して突然の訪問にも関わらず親切に対応してくれて、アシにはなませんでしたがサインまでしてくれました。そんな永井豪さんと同時受賞。感無量です。 https://t.co/qARIUmvmFm

— 堀井雄二 (@YujiHorii)

このたび、令和7年秋の叙勲におきまして、光栄にも永井豪が旭日小綬章を賜りました。 pic.twitter.com/hFuuKWnlm8

— ダイナミックプロ【公式】 (@Dynamicpro_info)

ところで旭日大綬章には経産省と文化方面の推薦があるらしく、内閣府や政府はこの褒賞制度をより、親しまれる方向に持っていきたい様子。この先には文化褒賞なども見えてくるのではないかなと思います。なお特定の「文化勲章」の受章者は「文化功労者」として年額350万円の終身年金を受け取ることができます。

[ 勲章の種類及び授与対象 : 日本の勲章・褒章 - 内閣府 __ www8.cao.go.jp ](https://www8.cao.go.jp/shokun/shurui-juyotaisho- kunsho.html)

https://www.gov-online.go.jp/article/201704/entry-8336.html

実際、永井豪や堀井雄二の文化への影響はとても大きいです。30年後に生成AIクリエイターが褒賞される日が来るでしょうか?

AIFJ2025 Day2

今日も映画祭の中で、最終講演になった "マスタークラス:クロージング作品 [2043] で、イタリアのSimone Sighinolfi監督が永井豪にインスパイアされたという話をしていました。

そしてその前の特別上映 遠藤久美子監督「マチルダ 悪魔の遺伝子」はすごかった!カバーアートでもわかるように観客の密集度がすごい。

原稿の方でも書いているのですが、

ネタバレを避けて語るなら、AIならではの速度感、チームワーク、出産経験がある女性が作る、女性ならではの視点など、痛みや苦しみ、人類としての罪やその重みといった今までの「AI映画」の概念を大きく超えていった作品であるという点は特筆に値します。上映後の取材、人だかりの様子をみても、人々は「AIが作った二次創作」よりも「AIと日本人」が作ったオリジナルのストーリーに興味があり、共感するのだということを強く感じました。さらにそこに応援したいと思う人が集まり、作りたいと思う人が増えてくるという予感があります。今後も遠藤久美子監督と「マチルダ」の上映機会を応援していきたいと思います。

日本社会に蠢いている、表層的なフェミニズムとかAI賛歌とかアンチAIとかさまざまな「次元の低い争い」がいつも僕らの思考に蓋をしてしまっている。バルセロナの青い空と白い空気を吸って生活している遠藤久美子監督が、その上層と…さらに最下層を映像化した。ガーンときました。

「マチルダ」をネタバレしないで語る

ネタバレを極度に避けるために例え話にしますが、「AIが高度に進んでいったとして、こういう世の中で「AIに仕事が奪われる」とか「それでも我々はAIを使って」とかいう次元の話じゃないんですね、AIに仕事が奪われ、人類が合法的に、じわじわと前に進んでしまう計画があって、しかも人類としては、もう後戻りできない選択肢を踏んでしまいます。しかも誰もが選択したのか、していないのかもわからないぐらいの方法で。その未来における人類のビジョンとか、苦悩とか、選択とかいったところがこの作品の見どころです。

そのストーリーが「25年前に突然降ってきた」という遠藤久美子監督。

あるよね!そういう天啓!!(ないか??)僕はあります。

「マチルダ」が描く、AIの未来と人類の未来

遠藤久美子監督が「マチルダ」で描いている世界は、単なる男性嫌悪とか女性上位主義ではなく、ステレオタイプなマッドサイエンティストでもなく、人類がhuman beingとして性別や環境問題をどう超えていくのか?というスケールが大きい世界観です。しかしシノプシスに落とすと、スケールが大きすぎる。いささか映画の「ドラマツルギー」つまり「作劇法」や「戯曲作法」を無視している箇所が多いようにも感じます。これは言葉を選ばずに書けば、シンプルに「女性監督だから」と言われそうな要素でもあるのですが、実際のところそうではないのかもしれないと思いました。日本の映画や漫画、アニメの監督・プロデューサーにも女性はたくさんいます。"女性の皮を被った男性"のような作り手もいるし、女性のためのBL作品を真剣に作っている女性もいます。長年、男性社会であった映画業界のマッシブさから磨かれた"女性監督"もいらっしゃいます。女流文学が女性だけの世界から生まれないように、男性社会があっての女性監督、というのが「常識」の世界ですが、生成AI映画の世界は、ちょっと違うかもしれない。「男性社会vs女性社会」とも異なる文化から生まれている。だからといって遠藤久美子監督作品からフェミナンを感じないわけではない、どちらかというと"世界中を旅行してきたワイルドな母"という"映画監督からはとても遠いが、人生経験豊かな存在"が生み出した新ジャンルなのではないかという匂いがする。これは海外在住経験者としての直感でしかないのだけれど。

昭和の漫画読み、SF好きとしては手塚治虫「火の鳥」では「望郷編」、「未来編」に近い世界観がある。むしろ火の鳥が強すぎて昭和生まれの男子なら誰でも考えてしまうSFともいえる。「この世が全部女の子だったらいいのに」という世界観は、90年代のエロゲーにはじまり今日の深夜アニメにおいても健在の鉄板の世界観、ゲームでは「ウマ娘」のようにオス馬も牝馬も「ウマ娘」として転生している。90年代は「ネカマ」と呼ばれた存在が、現在はVTuberとしてヒーロー(?)になっている。それらはすべて「おじさんたちの夢」だったのかもしれない。

この映画の作劇は、ジャンルの既定パラメータを意図的に外している。既存の“AI映画らしさ”の罠を踏まないテクニックやテンポ感が随所にある。かつての男たちがヒーローという名の暴力で作ってきた絵作りにおいて象徴的なレトリックが、意図的に躱されているようにも思う。演出要素として登場するスポーツカー、バイク、タバコ、秘密のクラブパーティ、警察隊…これらの多くは存在するには存在するが、女性ならではのデザインが施されている。さらに警察隊については、娘さんのデザインだという。これは大変面白い。

ところでAICUを運営していると、クリエイターには女性が多いです。世間的には「きっと男性ばかりが生成AIの使い手だ」と思われているのですが。AICUの場合は、その多くが「男性に対する女たち」ではなく、自立した女性(単数系)。どうしてこうなっていくのか代表をしている私としては研究を続けていく課題ではあります。人類が単為生殖のような未来を辿るとすると、我々日本の文化が、カワイイものに囲まれ、男子も女子も女子を目指していく、という未来は意外にも図星であるように感じます。

人類に埋め込まれた暴力遺伝子についての考察。

cf. (不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合

文化庁メディア芸術祭 第19回 アート部門 優秀賞「(不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合」長谷川 愛

作品概要

実在する同性カップルの一部の遺伝情報からできうる子どもの遺伝データを生成し、それをもとに「家族写真」を制作した作品。現在の科学技術ではまだ同性間の子どもを誕生させることは不可能だが、遺伝データを用いた推測ならば可能である。遺伝子解析サービス「23andMe」から得ることができるカップルの遺伝データをウェブの「(Im)possible Baby」シミュレーターへアップロードすると、できうる子どもの遺伝情報が、外見や性格、病気のかかりやすさなどの情報リストになって出力される。遺伝子研究が進み、もはや同性間の子どもの誕生は夢物語ではなくなろうとしている。しかし、技術的には可能でも倫理的に許されるのか、という議論を通過しなければ実現は難しい。一体誰がどのように、その是非を決定するのか、科学技術に関する意思決定の機会を多くの人に解放するために、アートにはどのようなことができるのか模索する試みでもある。

贈賞理由

審査会で議論になった作品である。ヒト遺伝子操作の是非と、愛と、アートの役割という題材の強さ並びに現実との接続や論文参照の努力は、いかにも優等生的で、ポリティカルコレクトネス(社会正義)的な手法をとった芸術の一例だ。家族写真としてのセンスは最大公約数的で、同性婚問題としてはここのみが解決点ではないだろう。本作を取り上げたテレビ番組には多大な訴求力があり、出演タレント自身も含めSNSで多くの人々が感涙した事実が確認できるが、構図としては、ゴーストライター騒動で話題になった人物が、嘘をつきながらも人々に感銘を与えたことと似る。つまり本作では、遺伝情報の解釈は作者の言うとおり占い程度、すなわちフィクションだが、SFを美術に仕立て問題提起を装いつつ、虚実ないまぜに人々を感動させるプロジェクトだとすれば、美術としては嫌悪感を抱かれかねない前述の指摘はすべて、むしろ称揚されるべき諸点へと反転する。この構造を評価した。(中ザワ ヒデキ)

<https://j-mediaarts- festival.bunka.go.jp/award/single/impossible_baby/index.html>

2015年のメディア芸術祭の受賞作を参照してあらためて思うのですが、たしかに10年前の2015年、この同性婚とか遺伝子組み換えとかいった話題があったのだけど、この解説にあるように「構造」のみが評価されている時代だったんだな、と読み取れます。実際に当時、作品を見た自分はすごく複雑な感想を持ったのを覚えています。言語化するのは難しいけれどこの「男性が存在しない未来」に、コメントする言葉が見つからなかった、というのが正直なところです。

2015年は“構造の提示”で十分だった。でも2025年は“運用の兆し”を問う作品が観客の倫理を直撃する。 ネカマ/ウマ娘/VTuber/等の系譜がジェンダー表象の可塑性であるとすると、生殖の可塑性の連続線がドラマの芯にある。

出産シーンでは、声と呼吸の演出が圧巻だった。AI生成でありながら、人間の身体の極限にある痛みと痛みと痛みと解放を、音として観客の皮膚に伝えてくる。そこには苦しみだけでなく、“生まれる”という行為の原始的な力強さが宿っていた。

そして対比として、この世界にはVRによる人類の痛みの凝縮体験装置がある。この世界で成人として認められるためには暴力の歴史を一方的に再生、体験させられる。

そういえば2019年の学生VRコンテスト(IVRC)で体験したこの作品を思い出しました。

ごめん、やっぱ辛えわ生理痛

あと横にいる男子がめっちゃ痴漢感ある
(辛すぎて触れられるだけで辛い!)

生理痛つらい女性はこれが正しい感覚なのか検証して欲しい#IVRC 審査員も辛え pic.twitter.com/v4QOE7tddC

— Dr.(Shirai)Hakase - しらいはかせ (@o_ob)

最後に、人類以外の生物のツガイが描かれるシーンがあります。歪んだ科学者である私自身がこれを視界に入れながら考えていたことなのですが、カタツムリは雌雄同体で、1匹の個体が雄と雌の両方の役割を同時に持ちます。移動能力が低いカタツムリは、異性に出会う機会が少ないため、交尾の相手がいれば両方が卵を産める雌雄同体に進化したと考えられています。そして交尾の際には、相手に「恋矢」(love dart)という角のようなものを突き刺して精子を交換します。最新の研究によると、この「恋矢」が生物多様性に重要な影響を与えているらしいです。

[ 「恋の矢」は寿命を縮める:カタツムリの愛と暴力|Graduate School of Life Sciences Tohoku University __ www.lifesci.tohoku.ac.jp ](https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/en/date/detail--- id-33241.html)[](https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/en/date/detail--- id-33241.html)

今回の発見は、これを実験的に示した最初の例であり、雌雄同体の動物で、性(精子を受け渡す側と精子を受け取って卵子を受精する側)をめぐる対立が生じていることを明確に証拠立てた初めての研究となります。このような雌雄同体でありながら生じる雌雄の対立は、軍拡競走のように互いにエスカレートして、より危険な交尾を進化させてきたと考えられます。この攻める―守る、の拮抗的な共進化が、種間でさまざまに異なる多様な形の恋矢や多様な交尾行動をもたらしたと考えられます。このプロセスは、従来理論的な枠組みはあったものの、今回の研究で初めてそれを実証的に支持する証拠が示されたことになります。本研究成果は、“性をめぐる対立”、が生物の多様化の本質的な駆動力のひとつであることを示す重要なステップであると言えます。本研究成果は、2015年3月11日付で、英国王立協会紀要「Proceedings of the Royal. Society B」電子版に掲載されました。

つまり、人類が仮に雌雄同体になったとしても、異なる"危険な交尾"は開発されていったのかもしれません。雌雄同体でも“性間対立”は消えない。人類が形だけ多様化しても、暴力と権力の力学は形を変えて続く…映画の終盤、画面外で観客にそう考えさせる仕掛けが効いています。

おっと、考察とネタバレがいきすぎないように。続きが楽しみです。

技術的にも とても高い。

作品の技術的に十分高いと思いました。
キャラクター一貫性などは今週ぐらいの技術でだいぶソリューションが出てきています。むしろ「一貫性がない」とか「指が融合している」とか「リップシンクがおかしい」みたいな瑣末なところを指摘する人は、マチルダのポスプロをやらせてもらった方がいいように思います。そういうことをやりたい人はそういう仕事があります。タイチさんの勉強力がものすごい、ということですが、実際のところ、これぐらいのところまで作れる生成AI動画作家は日本でも100人ぐらいしかいないです。特に短い時間で昼間の仕事をやめずにこれをやっている人は稀有。

映画監督として大事なことは「方向性」を決めること。

本作の制作チーム「MATILDA LINE PRODUCTIONS」におけるタイチさんの功績は大きいのですが、映画監督として大事なことは「方向性」を決めることだと思います。Directionという言葉が表す通り、方向(Direction)をDirectに指示を出していくのがDirector/Directrice のやる仕事です。

"魅力的な男性ホストの描き方"はこれでいいのか、とか、喘ぎ声はこれでいいのか?とか、そういう絶妙な演出を含めてありとあらゆることを悩み、判断し、試し、試させ、判断し、の繰り返しが映画監督の仕事です。「お任せでお願いします」というセリフを言うことはあっても、全てではない。この胆力がいる仕事を、いまは二人ですが、それが10人、100人と大きくなっていくのが商業映画の制作の大変なところでもあります。

今後この作品を観て「私もAI映画監督になりたい!」という人がたくさん出てくると思います。出てきていいと思います。ですが、その中で、このマッチョな映画界、世界の映画業界に巣食うマッチョな存在、筋肉が(資力が)全てを解決する世界に、"個人でAI映画監督"はちょっとあぶない。今までは「個人で制作」もあったのですが、これからは「チームでAI」もしくは「個人レベル」で使えていた技術を、チームレベルで、産業レベルで、といったフェーズに入っていきます。何も間違ってはいないけれど、ソロ活動でここまでたどり着いたんじゃないから、そこはきちんと認識しましょう。

育てる楽しみ、応援する楽しみという新たな視点

女性監督、といえば産む苦しみ、毎月の苦しみだけが女性の特性のようなステレオタイプもありますが「育てる楽しみ」慈しみといった感情も女性ならではの世界観、世界の楽しみ方とも思います。

お向かいに住んでいるという女優のMEGUMIさんもすばらしい育てっぷり。

MEGUMI 「消えてこのままいなくなりたい」絶望から救われた街、バルセロナで新たな挑戦への思いを語る|entax(エンタックス) 4月6日放送の『アナザースカイ』のゲストはMEGUMI。昨年初めて訪れ、人生の気づきを与えてくれたという、スペイン・バルセ www.entax.news

まあ僕自身もAICUという会社を運営しながら「つくる人をつくる」を実現してきているのですが、たくさんの人々と繋がることができて、いまのAICUがあります。「マチルダ」という作品と遠藤久美子監督、タイチさん、そして(大変さを味わいながら)AIFJを産み落とした、池田さん。この写真を撮っているワタナベさん、Naruさん、他、AIFJの理事の方々、そのご家族まで、たくさんの人々が「生成AIクリエイティブの陽の当たる場所」をつくっています。ネットの上だけでの喧騒や炎上とは次元が違う、素晴らしい作品がたくさん集まり、人が集まり、そして注目が集まり、次の時代がやってきます。文化の日、旭日小綬章、「日本初のAI映画祭」という切り口から、育てる楽しみ、応援する楽しみという新たな視点を得られたことに感謝します。

AI技術は安さではなく“速さ”をくれる。
だが文化を前に進めるのは、“合意の作り方”だ。
映画は大スクリーンで、たくさんの人にその「ありえる未来への合意」を問いかける。
たった二人で作ったAI映画『マチルダ』のその問いを、今の日本はどう受け止めるのか。
——その答えが、次の文化をつくる。

そんな映画評論みたいなブログで今日を終わりたいと思います。

追記:本件、NEWS23でも大きく扱われていました

「誰でも映画がつくれる時代」日本初のAI映画祭開催 映像も音声もAIで…“動画初心者”が仕掛ける70分長編のAI映画とは?【news23】 | TBS NEWS DIG この連休、日本で初めてとなるAI国際映画祭が開かれました。注目は、53歳の女性監督。70分の長編映画を完成させたその人は、 newsdig.tbs.co.jp